松岡正剛 (編集工学研究所所長)
合わせと揃い。重ねと揃い。競いと揃い。アワセとキソイとソロエ。これが日本です。揃わなければ、何も始まりません。
天狗草紙だって広重だって織部だって、揃ってなんぼ、です。私が大好きだった従姉妹はお揃いを着ていたときが一番美しく、南方熊楠全集は全巻が揃うまで熊楠ではなく、木遣りの親方衆は揃わなければ声を出しません。
日本は揃いです。勢揃いしなければつまらない。幕内は揃って四股を踏み、幕の内弁当は揃って折詰になるのです。これは欧米のセットやシリーズとは違います。いいですか、同じものを紅茶茶碗やお皿のセットのように揃えるのではないのです。ちょっとずつ異なるものが揃っていくのです。
揃いの浴衣。揃いの法被。揃いの扇子。でも、そこにはどこかにちょっと違いが
ひそみます。色が違っていたり、組の名が違っていたり、紐が違っています。
揃いは日本の哲学です。遊女であって常磐津であり、九鬼周造であって岸田劉生であり、サザンオールスターズであってミヤケマイなのです。さあ、みんなお揃いで。
(2006年9月、おそろい展によせて)