もはやドロ沼化した感がある近年のデフレ経済。不況化における数少ない成長企業の象徴だったユニクロでさえ、ついに収益減となり株価も下げた。誰もが財布の紐をしっかりしめ、安価だからといって、それだけでものを買うことのなくなったことが如実に感じられるこの頃。
だが逆にいえば、今、その紐をゆるめさせたものこそが―バブルの時のような、投資的な思惑や余剰の償却の対象としてではない―本当の意味で魅力をそなえたものだとも言えるかもしれない。
そんな折に、画廊初個展の作家が大変な好評で、約30点の展示作品がほぼ完売した、という話を聞いた。さらに、展覧会後に、個人的に作品の追加製作依頼も受け、都合60点程が売れたという。
右のページの作品が、その際に出品されたもの。素朴さと拙さがいりまじったような愛嬌のあるフォルムと、鮮やかでヴィヴィッドな極彩色の構成が目をひく。しかし、決してけばけばしいというのではない。日本人的な「影」のないさわやかさといったらいいだろうか、それは理屈ぬきで愉快な気分にさせる。加えて、江戸千代紙を加工して仕立てられた周囲のマットが、作品の色彩と絶妙に引き合い楚々としつつ可愛らしい雰囲気ももたらす。ともすればミスマッチにもなりかねない組合せをさらりとカタチにするセンスは、侮りがたい(ちなみに、モチーフが猫なのは、猫の作品を専門に扱う画廊での企画展だったから)。
今時珍しい明るい話題をもたらした作家。それは一体どんな人なのだろう…と興味津々で取材に赴いた。
その作家・三宅麻衣さんは、いわゆる美術作家ではなく、イラストレーター。数々の雑誌、絵本、ステーショナリーやカレンダーのデザインなど、幅広い分野で10年来活躍してきたキャリアをもつ。とはいえ、先述のように画廊で個展を開催するのは初めて。勝手がわからず、最初は少しとまどったとか。
「何しろ展示は初めてで、額代、マット用の千代紙などが思いのほか高くて。売れなかったらどうしよう、とノミの心臓バクバクでした。私、小心者なんで(笑)」
本当に大変だったんだから、という表情を見せながら話す姿は、しかし、とても天真爛漫というか…。負の感情の少ない人なのだ、と思わせる。そういう人はえてして、周りも明るい気分にさせるものだ。先ほどの作品から受けた印象も、本人を前にすると妙に納得できる。
印象といえば、日本人的な「影」のないさわやかさと先述したが、実は彼女は父親の仕事の関係で、幼少期のほとんどをオーストラリアはじめ、海外で過ごしている。特徴的な彼女のキャラクターがかの地で育まれたことは想像に難くないが、何よりもそこでは、描くことへの根本的な姿勢が培われたという。
「コミューンが狭く、言語感覚も曖昧な子ども時代に異郷でくらすのは大変なストレス。でも、それを乗り越えられたのは、絵があったからなんです。描けばわかってくれるし、楽しませることもできる。言語を超えるコミュニケーションツールとしての存在というか。自分が生きていくことの一つの側面として定着していたんですね、いつのまにか。」
描くこと、イコール誰かに伝えること。自分の気持ちや周りの雰囲気をカタチにして十全に伝えられなければ意味がない。
イラストレーションの仕事もそこからの発展。商業ベースを背景に、より厳しい、独り善がりなものが許されない状況で仕事をしてきた彼女にとっては、作品制作は職人仕事に、しかも日本的なそれに近いものに思えるという。
「海外で生活していたから余計にそう思うのかもしれませんが。とにかく日本的な職人性の強い仕事、クラフト的なものにはすごく惹かれるし、作品の感性にも影響を及ぼしています。今回の作品に千代紙を合わせたのも、作品のアクの強い色調に負けないものが欲しかったということもありますが、自分の職人性と日本伝統の職人性とがコラボレートしたらどんな風になるのか、ということを前々から試してみたかったからなんです。
市井の中に、生活の風景の中に融けて息づき続け、人生を楽しく、幸せにしてくれるもの、逆に欠けると寂しいものにとても意義を感じるし、自分の作品もそうあってほしいと思います」
プライベートでも、木版用、型染め用の型紙などを集めたりするのが好き。着物にいたっては病気といっていいくらい大好き。生活の中にある職人性に裏付けられた美。だから、作品に現代的な要素、時代の空気を反映させることはとても大切なことだと考えている。例えば、今回の作品でイラストをコンピュターに取り込んで画面上で彩色、プリントアウトする手法をとったのもそういう理由から。
「パステルや色鉛筆、水彩絵具などでも作品は制作しますが、今回はこの手法をとることで、マットで単純で無邪気な感触を演出できたと思いますし、またより現代の生活空間に相応しいものに、そして等身大で現在進行形の感性に近いものとなったように感じます。今は生っぽい、ナイーブで不安定なものは描きたくないというのもありましたし。
私は、世の中に既にあるもの、広く認識されたものは、自分が作る必要はない、と思っています。例えば、今は世の中に何とも言えない閉塞感や悲劇性、暴力性といった暗いものが氾濫していますよね。それを改めて作品にしたら、一緒に暗くなっちゃう。そうじゃなくて、今、足りないものを作らなきゃいけない、と思うんです。そして何より自分が所有したい、見ていたいと思うものを作らなきゃ、と」
そうして生まれる三宅イズムの作品。その源になっているのは、散歩している時、電車に乗っている時、友人と共に過ごす時…諸々の時間にちりばめられた日常的で直接的な幸福感だという。
「触れて、食べて、感じて、嬉しくて、気持ち良くて…。自分以外でも、周りが幸福そうだったりするだけで触発される。そこから得た、お気に入りの色々なモノやデキゴトの積み重ね。心の宝箱を開けてみて、しまわれたものを並べていって作品ができていくという感じかな…」
最近、そうした身近な幸福感をキャッチする機会が増えたそうだ。というのはこれまで生計のメインだった会社勤め(仕事は通訳)を昨年いっぱいで辞め、いわゆる会社人間的なせわしい気持ちから解放されたからだ。また同時に、そこにはこんな決意もにじんでいた。
「この間の個展では、自分に対する期待感といった意味合いで作品を買っていただいたように感じました。だからこそ『もっと制作に厳しくならなきゃ、買ってくれた人に、先見の明があったと思わせるぐらいにならなきゃいけない』という気持ちを強く持ちました。
もちろん不安もあります。でも。家猫が初めて外に出てエサを獲るような、いかに生きるも自分次第っていう状況にワクワクもしているんです」
そう言って屈託なく笑う表情は実に明るく、楽しげ。当面は、これまで時間がなくてできなかった、色々なコンペティションへの応募をし、結果を出すことから始めるという。その前向きな決意が早速結果にあらわれたのか、取材の直後に、ポスターのコンペティションで入選したという朗報が。彼女の作品が世の中をどんどん楽しく、朗らかにしていくようになるのも、遠い話ではなさそうだ。
[作家プロフィール]
神奈川県生まれ/ヴァンテ−ヌ、ヴァンサンカン、美しい着物等の女性誌、チェックメイト MONOマガジン等の男性誌、フレ−ベル館トマト魔女と魔女修行
(作 ・柏葉幸子 刊行・フレーベル館)等の絵本、キリンビール企業ウェブサイトのキャラクター開発、カレンダー、ステーショナリーのデザインなど、幅広い仕事を手がける/01年ボザールミュウで個展、画廊絵夢にて絵本パラダイス展に参加/02年タイレノールポスターコンペティション入選。